大阪地方裁判所 昭和44年(ヨ)1571号 判決 1971年12月10日
申請人
末浪和実
代理人
田中清和
同
井上祥子
同
川西渥子
同
高谷弘子
同
塚本美弥子
同
佐々木静子
同
杉谷喜代
同
寺沢勝子
被申請人
三井造船株式会社
代表者
田中繁松
代理人
橋本武人
同
小倉隆志
主文
被申請人は申請人を雇用期間の定めのない常用従業員として取り扱え。
被申請人は申請人に対し、昭和四四年五月以降毎月二五日限り、別紙賃金表認容額欄記載の金員を仮に支払え。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
Ⅰ、申請人
(第一次的請求)主文第一、二項と同旨の判決。
(予備的請求) 「被申請人は申請人を一年間の期間の定めのある臨時従業員として取り扱え。」および主文第二項と同旨の判決。
Ⅱ、被申請人
「申請人の申請をいずれも却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決。
第二、当事者の主張
Ⅰ、申請の理由
一、被申請人(以下会社ともいう。)は船舶、化学工業機械、陸上機械等の建設、請負を業とする株式会社であり、申請人は、昭和三八年三月二二日一年間の期間の定めある試採用従業員として、引き続き昭和三九年三月二二日雇用期間の定めのない常用従業員として会社に雇用され、会社の大阪営業所化工機営業部に勤務し、会社の常用従業員によつて組織されている三井造船労働組合(以下組合という。)の組合員である。
二、(第一次的請求)会社と組合との間に、昭和四一年一二月一五日締結された「女子組合員の取り扱いに関する覚書」には、「昭和三五年四月二一日以降常用従業員となつた女子組合員は、結婚した場合には結婚時に退職するものとする。ただし、結婚後も引き続いて勤務することを希望する者については、能力査定のうえ会社の必要とする人員を勤務延長または雇用延長する。勤務延長の対象となる職務は看護婦(准看護婦も含む。以下同じ。)および電話交換手とし、右以外の者は雇用延長の対象として、一ケ年契約で更新していくものとし、原則として雇用延長前の職務に引き続き勤務し、賃金その他の条件を引き継ぐものとする(常用従業員に準じて扱う、以下同じ。)。」旨の規定があつた。申請人は昭和四三年二月五日申請外末浪靖司と結婚したところ、会社は右覚書により、申請人を一旦退職したものと取り扱い、申請人の希望により雇用延長したため、申請人は引き続いて会社に勤務し得たが、結婚前は雇用期間の定めのない常用従業員であつたにも拘らず、会社は一年間の期間の定めある臨時従業員としてしか取り扱わず、しかも次項記載の如く昭和三四年二月五日以降は申請人を従業員として取り扱わず就労を拒否している。しかしながら、右覚書は後記のように、男女の性別による差別待遇であり、結婚の自由を侵害するものとして或いは解雇権の濫用として無効である。従つて、申請人は依然会社の雇用期間の定めのない常用従業員である。
三、(予備的請求)前項の請求が理由ないとしても、会社と組合との間に昭和四三年二月一五日締結された、前項の覚書の内容をそのまゝ引き継いだ「女子組合員の取り扱いに関する協定」(両者は全く同一内容であるから、以下双方を総称して本件協約という。)には「第一子出産(出産準備を含む。以下同じ。)の場合は雇用延長を打ち切るものとする。」旨の規定があり、申請人は同年一二月一八日男子を出産したところ、会社は本件協約により申請人を雇用延長した同年二月五日から一年間経過した昭和四四年二月四日雇用期間満了につき、雇用契約を更新せずとの意思表示をなし、翌五日以降申請人を従業員として取り扱わず就労を拒否している。しかしながら、本件協約は後記のように男女の性別による差別待遇であり、出産の自由を侵害するものとして或いは解雇権の濫用にあたり無効である。従つて、申請人は依然会社の一年間の雇用期間の定めある臨時従業員である。
四、会社における賃金は毎月二五日支払いの定めとなつており、申請人が結婚により一旦退職せしめられず、雇用契約更新拒絶をされて退職を余儀なくされなければ、申請人は、申請人と同時期に会社に入社した申請外三木義子と同程度以上の勤務成績を挙げ得たものであるから、同人の賃金額を基準とし、申請人が一ケ月に二日間欠勤し、二時間時間外労働を行なつたとして、申請人の受くべき賃金額を算定すると、別紙賃金表賃金合計額欄記載のとおりとなるところ、昭和四四年二月分については内金一万一一四九円、同年三月分については内金六三四円をそれぞれ受領済みであり、会社より交付を受けた退職金名下の金七万二一二〇円を未払賃金に順次充当して受領したので同年二ないし四月分および五月分の内金一五五一円を受領したこととなり、結局、申請人は会社に対して同月分の未払賃金二万九二二一円および同年六月分以降別紙賃金表賃金合計額欄記載の賃金額を毎月二五日限り請求し得ることとなる。
五、申請人は、夫が月額金三万円の収入を得ているものの、会社から得る賃金以外に資産収入がなく幼児をかかえての生活は極度に切りつめても充分ではなく、本案判決を待つていては生活上回復し難い損害を蒙るおそれがある。
Ⅱ、被申請人の答弁並びに抗弁
一、申請理由一の内、会社の業種、申請人が昭和三八年三月二二日会社に雇用され、主張の場所に勤務したことは認めるが、当初嘱託として一年契約で雇用したものであり、昭和三九年三月二二日から同月三一日までの間嘱託として再雇用し、同年四月一日に至つて雇用期間の定めのない常用従業員として雇用したものである。同二および三の事実は全て認め、主張については争う。同四の事実中賃金支払日が毎月二五日であること、三木義子が一ケ月間に二日間欠勤し、時間外労働を二時間行なつたものとして算定した同人の賃金額が別紙賃金表賃金合計欄記載のとおりであることは認めるが、申請人が引き続き稼働していたとしても一ケ月に欠勤日数二日間以内であり、時間外労働を二時間以上行なうことについては何ら根拠がなく、右賃金表中の本給、勤務手当、職能給は従業員の勤務成績いかんにより昇給額に差が生じてくるものであるから、申請人が三木と同成績を挙げ得ることの根拠はなく、本給の額いかんによつて算定される勤務地手当、残業手当も何ら根拠がないことに帰着する。同五の仮処分の必要性については争う。
二、会社が申請人の結婚した昭和四三年二月五日に申請人を一旦退職したものと取り扱い、爾後雇用延長したうえ一年間の雇用期間の定めのある臨時従業員としてしか取り扱わず、昭和四四年二月四日雇用期間満了につき雇用契約の更新をせずとの意思表示をなし、以降申請人を従業員として取り扱わず就労を拒否しているのは以下の理由によるものである。
(一)、(結婚退職制)被申請人は会社における全業務を主たる業務或いは基幹業務と、それの従としてこれを補助する関係に立つ補助業務に大別し、事務職および技術職の補助業務を事務補助業務と称している。主たる業務とは船舶、工業機械、陸上機械等の製造、修理、販売およびこれに伴う一般管理業務を指し、経験と熟練を要し、頭脳的要件も責任も重い。事務補助業務とはコピー取り、清書、読み合せ(タイプチェック)、文書発受、ファイリング、図書管理、簡単な伝票整理および帳簿管理、単純計算、勤怠管理、事務用度品の受け出しおよび管理、旅費計算、受付、出納窓口、自動車手配、乗車券および定期券の購入、タイプ、トレース、清掃、整頓、お茶くみ、使い走り等を指し、単純定型的で、短期間で習熟し且つ正常に遂行し得るもので、経験と熟練の必要程度も極めて、経験を積んだところで特に作業能率が向上するところもなく、頭脳的要件も責任も軽い。
会社は主たる業務に従事するものと事務補助業務に従事するものとを専門的に分担せしめることとし、主たる業務は男子従業員に、事務補助業務は女子従業員にそれぞれ担当せしめている。主たる業務は一般的に女子従業員の性格、能力からして不向である。即ち、女子従業員は体力的に船舶、各種機械等の現業的作業に適せず、販売および一般管理業務面からしても結婚、出産による退職が多く、生理休暇、産前および産後の休暇、育児時間が権利として認められ、これらの権利行使により主たる業務に支障、困乱が生じ会社が重大な損害を蒙ることは明らかであり、主たる業務は随時深夜残業、休日勤務等が要求されるが、女子従業員はこれらの勤務を法律上禁止され、この面からしても女子従業員を主たる業務に従事させることは不可能である。他方、事務補助業務を女子従業員に担当させることは世間一般に広く行なわれているところであり、常識にもかなう適職であると共に、いかなる者をいかなる業務に従事させるかは経営効果を有効に発揮せんとする会社の経営権或いは人事権の行使として一方的に決定し得るところである。
従つて、会社における男子従業員と女子従業員とは、担当する職務を異にする異種の労働者であり、会社は女子従業員を採用する際、かかる事務補助業務に従事せしめるものであること、従つて男子従業員とは異種の労働者であることを明示して採用し、その旨が雇用契約の内容となつている。なお、女子従業員には事務補助業務の他、看護婦および電話交換手があるが、これらの職務は特殊技能に属する業務であり、ある程度経験と熟練を要し、一定の資格試験に合格することを要するものである。
以上の如く、女子従業員の職務は業務面からも会社の期待する面からしても、男子従業員の職務とは本質的に異なるものであり、その帰結として、会社は男子従業員に対しては経験と熟練を積んで会社に貢献することを求め、終身雇用することを期待するのに反し、女子従業員については担当職務からして中、高等学校卒業後数年間の清心溌刺とした時期に従事せしめることが最適であり、雇用関係が長期化することにより業務運営上不効率な結果を招来する。これを詳言列挙すれば、(1)、事務補助業務は短期間に習熟し、それ以上経験を積んでも能率において特に向上するところがない性質のものであるから、代替性に富み、中、高等学校卒業後の数年間の清心溌刺とした時期にこそ最適であり、女子従業員も熱心に従事し、主たる業務に従事する男子従業員も指示しやすいが、この期間を経過し、年令を重ねるに従つて指示もしにくくなり、女子従業員が当初の熱意を失つていく度合も次第に高くなる。(2)、女子従業員は結婚により家事に煩わされて作業能率が低下するものであり、家庭の主婦と労働者の地位とは両立し難い。(3)、造船業界においては時間外労働が多いという伝統的な特殊事情があり、このため事務補助業務を担当する女子従業員についても労働基準法に違反しない範囲内で時間外労働に従事せしめる必要があるが、既婚女子従業員にはそれが困難である。(4)、結婚すれば産前および産後休暇、育児時間等によつて勤務自体が断絶される。(5)、会社は男子従業員と同様女子従業員についても、年功序列型賃金体系を採り、毎年昇給を実施しているので、勤務不適格の増大傾向にも拘らず、賃金のみが上昇するという矛盾、不均衡が生じ、業務運営上不効率の結果を招来する。以上の結果、事務補助業務に最適で、しかも賃金も年配者に比較して低い時期にある中、高等学校卒業後数年間の女子従業員をして担当せしめるのが、会社としては最も合理的なものである。
かくして、会社は女子従業員との雇用関係を適当な時期に終了せしめる方策を立てる必要性があるところ、大多数の女子労働者は結婚を最終の目標とし、家庭の主婦と労働者の地位が両立しないことから結婚まで働きたいという意思を有し、結婚を契機として退職するものであること等の理由から会社においては結婚を契機として退職せしめるという制度(以下結婚退職制という。)を採用することにした。
(二)、(結婚退職制の変遷および出産退職制)会社は昭和三一年三月から管理部門系統の補助業務に従事する女子従業員については雇用期間一年の傭員として採用し、二五才に達するか若しくは結婚した後においては雇用契約の更新を行なわないとの取り扱いをしてきたが、昭和三五年四月二一日から傭員制度を廃止し、期間の定めのない常用従業員については結婚時に一律に退職するものとした。昭和三八年六月一五日からは右制度を緩和し、「結婚した場合には退職するものとする。ただし、必要な場合は選考のうえ再雇用するものとする。」ものとし、昭和四一年一二月二五日本件協約において「結婚した場合は退職するものとする。但し結婚後も引き続いて勤務することを希望する者については、能力査定のうえ会社の必要とする人員を勤務延長又は雇用延長する。勤務延長の対象となる職務は看護婦および電話交換手とし、右以外の女子従業員は雇用延長として一年契約で更新していくものとし、原則として雇用延長前の職務に引き続き勤務し、賃金その他の条件を引き継ぐものとする。
但し、第一子出産の場合には雇用延長を打ち切るものとする。その後は再雇用することがある。」旨定めた。かかる変遷は雇用事情の変動により、いわゆる求人難の現象が生じ、会社が結婚退職者の補充として或いは業務量の増大により、新規学卒者を採用せんとしても、思うように採用し得ない事態となり、これに対処すべく、結婚退職制を緩和して勤務および雇用延長制を定め、第一子出産を契機として退職せしめるという制度(以下出産退職制という。)を採用するに至つたものであるが、出産退職制を採用するに至つたのは、女子労働者が結婚後も労働を継続する場合にも、第一子出産を契機として退職するものが多く、且つ労働能率の低下が結婚時よりも更に著しいからである。
以上のように、会社の採用する結婚退職制は一律に退職を強制するものではなく、勤務および雇用延長制度の下に再雇用を図り、なるべく延長するという方向で運用し、従来結婚後引き続いて勤務することを希望した女子従業員については全員勤務および雇用延長してきたものであり、結婚後引き続いて勤務する能力若しくは業務上の必要性がなくなつた者についてのみ延長が拒否されるもので、本人の労働能力が低下し、業務上の必要性がなくなつた場合は雇用期間の定めのない常用従業員であつても、会社は解雇するものであるから、結婚後勤務および雇用延長された女子従業員の地位は男子従業員と何らの差異はない。
(三)、(申請人との間の雇用契約および申請人が退職するに至つた経緯)会社は昭和三九年四月一日嘱託であつた申請人との間に、結婚した場合は退職するものとする旨の解約権留保付の期間の定めのない常用従業員として雇用契約を締結した。
しかるところ、申請人は昭和四三年二月五日結婚したため、本件協約により一旦退職せしめた後、雇用延長制を適用し、改めて申請人との間に第一子出産の場合は雇用契約の更新を打ち切るとの条件の下に一年間の期間の定めある雇用契約を締結し、爾後申請人を雇用期間の定めのない常用従業員として取り扱つていないものである。
ところが、申請人は昭和四三年一二月一八日に第一子を出産したにも拘らず、引き続き勤務することを希望したが、会社においては業務上の必要性に乏しく、又申請人は結婚後業務に対して全面的に消極的となり、残業も殆どせず、欠勤、有給休暇をとることが多く、就業規則上の出勤時刻に出勤することが堪えられないとして時差出勤を要請する等業務能率が低下したため、会社は本件協約並びに雇用契約により、雇用契約の更新を行なわないこととし、申請人を雇用延長した同年二月五日から一年間経過した昭和四四年二月四日、申請人に雇用契約の更新を拒否する旨通告したものであり、その結果会社と申請人との間の雇用契約は終了し、爾後従業員として取り扱わず、賃金の支払いをしないものである。
Ⅲ、抗弁に対する答弁並びに再抗弁
一、抗弁二の(一)の事実中、会社主張の事務補助業務の各職務を女子従業員が担当していることは認め、その余の事実は全て否認する。
同(二)の事実中、会社と組合との間における会社主張の結婚退職制の変遷過程は不知、その余の事実は否認する。同(三)の事実中、申請人が結婚後業務に対して消極的となり、残業も殆どしない等業務能率の低下をきたしたとの点は否認し、その余の事実は認める。
二、(結婚退職制の無効)結婚退職制は何ら合理的理由のない性別による差別待遇であり、結婚の自由を不当に制約するものであるから、憲法に違反して無効であり、仮にそうでないとしても民法第九〇条に違反して無効である。
(一)、会社は女子従業員の職務は事務補助業務であり、男子従業員の職務と本質的に異なるとして、これを結婚退職制の前提としている。
しかし、タイピストは会社が専門的特殊業務であることを自認する看護婦および電話交換手と同様専門的業務であり、又計理会計、帳簿の整理、伝票の処理、ファイリング、文書発受等の職務は典型的な一般事務職であり、女子労働者のみならず、事務系男子労働者にとつても日常業務であり、経験の多いほど能率的に処理できるものであり、電話や客の応対、お茶くみ、使い走りは事務というより受付雑用として、別の職務に位置付けるべきところ、人員の制限上一般事務を担当する女子従業員が兼務しているにすぎない。女子従業員の担当している職務は具体的に検討すれば会社の業務運営上不可欠の業務であり、主・従の区別に親しむものではなく、単純、定型的、簡単、補助的ともいえず、女子従業員の担当する職務をことさらこのように決めこむこと自体不当といわねばならず、仮に、会社主張の如くであつたとしても、会社が個々の従業員の能力、適性、希望等を個別的に判断することなく、男子、女子と截然と区別し、女子従業員にのみ事務補助業務に就けること自体、女性に対する蔑視、軽視が先行し、女子従業員を女性の故に差別しているものといわざるを得ない。会社は、男子と女子従業員とは担当する職種の異なる異種の労働者である旨主張するが、従業員として採用するに際し、その点何ら明確にされておらず、申請人においても雇用契約に際し、事務補助業務に限つて従事するとの契約内容を示されたことも、承諾したこともない。
(二)、女子従業員の担当する職務が、結婚により不適格となるのは一部の接客業や娘役専門俳優、特定宗教の聖職者や巫女等極めて限られた職種についてのみいい得ることであり、今日の事務系労働者の典型的職種というべき業務について、いかなる意味においても未婚者に限定しなければならない理由は存しない。いわんや、会社主張の如く、女子従業員の担当する事務補助業務が単純、定型的であれば、何人にも従事し得るはずである。
(三)、更に、結婚により、労働能率の低下をきたすということにも、何ら合理的根拠はない。これは女子労働者は一般的に非能率であるとの社会的偏見に基づくものか、女性の生理的特性を配慮した労働基準法上の諸規定の適用の結果である。かかる偏見は排除されねばならないし、労働基準法上の保護の結果招来される非能率は、労働力の不提供が法によつて保障されているものであり、充分尊重されねばならない。申請人においても結婚後従来どおり勤務に励み、労働能率の低下することなきよう万全を期していた。なお、女子労働者が結婚を契機として退職することが多いのは、企業において退職勧奨、配置転換、若年、結婚および出産退職制の採用、社会福祉施設の貧困によるものであり、真意に基づくものではない。
(四)、賃金についてみても、現在日本において、男女同一賃金は実質上守られず、女子労働者は初任給において、既に男子労働者と差がつけられており、その後年令が開くにつれて年功序列型賃金制度も男子労働者とは同基準には行なわれず、その昇給率は平均二五才をピークに激減し、殆ど横ばい状態となるのが通常であり、会社においてもその例に洩れない。女子労働者についても、男子労働者と同等の賃金を確保し、それにふさわしい職務に従事せしめることこそ肝要であり、会社におけるが如く、女子従業員に職場選択の余地も、昇任の機会も与えず、事務補助業務のみに配置しておきながら、年功序列型賃金の不合理性のみを主張するのは責任転稼といわねばならない。
(五)、最後に、本件結婚退職制には勤務および雇用延長の制度が付されてはいるものの、右延長の有無は会社が独断的に行う能力査定と人員配置の必要性という会社側の都合だけで一方的に左右され、延長されることが保障されているものでもないから、結婚退職制の不合理性が是正されるものではない。
以上の如く、女子従業員について採用される本件結婚退職制は何らの合理的理由も発見し得ない不合理なものであり、女子従業員を退職という労働条件について、女性であることの故をもつてする差別待遇である。
更に、女子従業員は雇用関係継続中は結婚しないことを約したこととなるが、これは女子従業員の結婚の自由を制限されるものである。女子労働者が生活の資を得るためであると、自己の才能を生かして社会に貢献するためであることを問わず、なお賃金労働者として労働を継続する意思を有するものが多数いることは明らかであるが、かかる意思を持つ女子労働者は結婚により退職させられることにより、新たな職場を求めざるを得ないが、我国で採られている年功序列型賃金体系の下にあつては、賃金その他の労働条件が従前に比し悪化することは必至であり、結婚退職制の適用を受ける女子労働者は結婚によりその意思に反して労働賃金の全部又は相当部分を失わざるを得ないが、かかる不利益を甘受して結婚するか、結婚をあきらめて従前の職場にとどまるかの選択を迫る結果に帰着し、かかる精神的、経済的理由により配偶者の選択、結婚の時期等につき結婚の自由を著しく制約するものである。
右性別による差別待遇の禁止および結婚の自由は憲法第一三条、第一四条、第二四条、第二五条および第二七条により保障され、右憲法の各条項に違反する結婚退職制を定めた本件協約並びに雇用契約は無効であり、仮にそうでないとしても、性別による差別待遇の禁止および結婚の自由の保障は憲法および憲法の趣旨に基づいて規定された労働基準法第三条、第四条に反し、右憲法秩序および労働基準法で定める法秩序は民法第九〇条の公序良俗にあたるから、公序良俗に反する本件協約並びに雇用契約は無効である。
三、(出産退職制の無効、予備的抗弁)仮に、結婚退職制が有効であつたとしても、出産退職制は何ら合理的理由のない性別による差別待遇であり、出産の自由を不当に制約するものであるから、憲法に違反して無効であり、仮にそうでないとしても民法第九〇条の公序良俗に違反して無効である。
(一)女子従業員が担当する職務内容が出産により不適格となるのは極めて限られた職種についてのみであり、会社主張の事務補助業務を無子者に限定しなければならない理由はなく、出産により労働能率の低下をきたすということも、何ら合理的根拠のない偏見か、母性保護の目的で認められた労働基準法上の諸規定の適用の結果であり、本件出産退職制は何ら合理的根拠のない不合理なものであり、女子従業員を退職という労働条件について、女性であることの故をもつてする差別待遇である。
(二)、健全な子孫を残すことは人間の根源的欲求であり、女子労働者が出産し、母体が回復した後も、従前どおり労働を継続する意思を有するものが多数いることは明らかであり、労働継続の経済的必要は出産により増大するにも拘らず、出産退職制の適用を受ける女子労働者は、結婚退職制の場合と同様、出産すべきか、出産をあきらめて労働を継続すべきかの選択を迫られることとなる。これは出産の自由を著しく制約するものである。
右性別による差別待遇の禁止および出産の自由は、結婚退職制と同様、憲法の右各条項によつて、仮にそうでないとしても民法第九〇条の公序良俗の内容となつて保障されるところであるから、右保障に反する出産退職を定めた本件協約並びに雇用契約は無効である。
四、(解雇権の濫用)申請人は入社以来勤務成績は極めて良好であり、結婚後も同じ職場で従来どおり勤務に励み、労働能率の低下することもなく稼働し、出産後も保育所を予約する等従前どおり稼働できる条件を整備していたものであるにも拘らず、会社は何らの合理的理由も、必要もなく、労働継続を生活の必須要件としている申請人を結婚により退職せしめて以降、雇用期間の定めのない常用従業員として取り扱わないのは解雇権の濫用として無効という他ない。仮にそうでないとしても、第一子出産により雇用契約の更新をせず、以降従業員として取り扱わず、賃金の支払いをしないのは解雇権の濫用として無効である。
Ⅳ、再抗弁に対する答弁
一、申請人の本件結婚および出産退職制が憲法に違反して無効である旨の主張は争う。男女の性別による差別待遇の禁止は憲法によつて保障されるところではあるが、結婚および出産の自由は憲法によつて保障されてはいない。
憲法によつて保障される権利ないしは自由を私人間において制約を科しても、それは私的自治の原則により自由というべく、何ら憲法の関知するところではない。
二、本件結婚および出産退職制が公序良俗に反して無効である旨の主張は争う。結婚および出産退職制は業務上の必要性から採用された合理的なものであること、性別による差別待遇ではなく職種の差異に基づく待遇の相違にすぎないことは抗弁において述べた如くである。そして、結婚および出産退職制が、結婚および出産の自由に何ら制約を科するものではなく、稀に夫の収入のみによつて生計を維持するに足りない場合に一応生計の心配がなくなるまで結婚を控え、結婚と同時に女性は家庭に入ることは我国一般の社会事情により適合した普通のことである。
従つて仮に、結婚および出産退職制が男女の性別による差別待遇にあたり、結婚および出産の自由を制約するところがあつたとしても、公序良俗の内容となるものではなく、民法第九〇条に違反することもない単なる社会生活関係における理想にとどまるものというべきである。
三、申請人の解雇権濫用の主張は争う。会社は申請人を解雇したものではなく、雇用期間満了により退職せしめたにすぎない。
第三、疎明<略>
理由
一、被申請人は船舶、化学工業機械、陸上機械の建設、請負を業とする株式会社であり、申請人は昭和三八年三月二二日以降会社の従業員である。
会社は昭和四一年一二月一五日組合との間に、昭和三五年四月二一日以降に組合員となつた女子従業員の取り扱いについての覚書を締結し、「結婚した場合は退職するものとする。ただし、結婚後引き続いて勤務することを希望する者については、能力査定のうえ、会社の必要とする人員を勤務延長又は雇用延長する。勤務延長の対象となるのは看護婦および電話交換手とし、右以外の者は雇用延長の対象として、一ケ年契約で更新していくものとし、原則として雇用延長前の職務に引き続き勤務し、賃金その他の条件を引き継ぐものとする。ただし、第一子出産の場合には雇用延長を打ち切るものとする。その後は再雇用することがある。」旨定め、昭和四三年二月一五日付の「女子組合員の取り扱いに関する協定」(右覚書と協定双方を総称して本件協約という。)において、右内容をそのまま引き継がれた。
申請人は昭和三九年四月一日雇用期間の定めのない常用従業員となり、組合の組合員となつたものであるが、昭和四三年二月五日申請外末浪靖司と結婚したため、本件協約により、一旦退職したものとして取り扱われ、雇用延長制の適用により引き続き会社に勤務したが、会社は結婚前とは異なり一年間の雇用期間の定めある臨時従業員としてしか取り扱わなかつた。そして、申請人が同年一二月一八日男子を出産したため、会社は本件協約により、雇用契約の更新をしないこととし、申請人が雇用延長になつた同年二月五日から一年間経過した昭和四四年二月四日申請人に対し雇用契約の更新を拒否し、同月五日以降申請人を従業員として取り扱わず、就労を拒否している。
以上の事実は当事者間に争いがない。
二(一)(1)、(本件結婚退職制と性別による差別待遇)申請人は結婚退職制を定めた本件協約は、女子従業員を性別により差別するものである旨主張するのに対し、被申請人は会社における女子従業員と男子従業員との職種の相異による差別にすぎない旨主張するので、まずこの点について検討する。<証拠>によれば、会社が後示の傭員制度を発足せしめた昭和三一年三月以降に採用する女子従業員については、看護婦、電話交換手および会社において事務補助業務と総称する職務に配置しているところ、看護婦および電話交換手として採用する女子従業員については各その職務に就けることを目的として採用し、その旨が雇用契約の内容となつているけれども、右以外の女子従業員については、事務職員(タイピストを含む。)として採用し、その旨が雇用契約の内容となつているにとどまり、それ以上に専ら男子従業員の担当する職種とは異なる事務補助業務にのみ従事せしめることまでが雇用契約の内容となつていないことが一応認められる。<証拠判断略>。右認定事実によれば、結婚退職制を定めた本件協約は会社における女子従業員と男子従業員との担当職種の相違による労働条件の差異ではなく、結婚を女子従業員についてのみの退職事由とし、男子従業員の退職事由とするものではないから、退職という労働条件について性別を理由とする差別待遇であるといわざるを得ない。
(2)、(性別による差別待遇禁止の規範)申請人はかかる男女の差別待遇を定めた本件協約は、憲法第一二条、第一四条、第二五条および第二七条に違反して無効である旨主張する。憲法は国家と国民の関係を規律するものであり、憲法によつて保障される基本的人権は国民の国家に対する権利として公権たる性質を有し、私人による基本的人権の侵害があつても、私人間の法律関係を直接規律するものではないから、憲法の条項を直接の根拠として救済を求め得るものではない。
かえつて私人間には憲法によつて制度的に保障されるところの私的自治の原則が支配するものであるから、自己の自由な意思により、基本的人権の制約を受けることがあつても、それは私的自治の問題であつて、直接憲法の関与するところではない、基本的人権の保障を私人間においても直接効力を及ぼすことは公法、私法の論理体系を無視するものであり、元来国家に対する一方的権利として認められた基本的人権が、私法上の義務規定と化する不合理を惹起する。従つて、本件結婚退職制の無効を憲法の条項によつて直接理由付けせんとする申請人の右主張は採用できない。
しかしながら、憲法による基本的人権保障の趣旨は全法体系の根幹をなし、国家生活関係のみならず、社会生活関係においても根本的価値を有し、私人間においても尊重されねばならず、私人間の法律関係にも反映せしめるべきであり、私人間において自由意思に基づくものであれば基本的人権に対しいかなる不合理な制約をも科し得るものではない。要は、かかる人権に対する不合理な私法上の制約の効力を否定されるべきか否かは性別による差別待遇の禁止が民法第九〇条の公序良俗を構成するか否かにかかるものというべきである。憲法によつて基本的人権の保障があることの故をもつて、直ちに基本的人権のことごとくが公序良俗の内容になると解することは困難である。基本的人権の保障にも多種多様のものがあり、個々の基本的人権保障の趣旨が私法関係においては単なる理想ないし方向付けの性質にとどまる場合もあれば、憲法第二四条の如く私法関係をも取り込んで規定されている場合もあるから、憲法の人権保障の各条項が公序良俗の内容となるか否かは、憲法の各条項の保障の趣旨、私法規定との関連において考察し、私法上の制約を科することが人間の尊厳を否定することに帰着する場合には公序良俗の内容となるものとして私法上の効力を否定すべきである。ところで、憲法第一四条はすべて国民は法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地によりいかなる差別待遇をされないことを宣言すると共に、私人間においても性別による合理的理由のない差別待遇を禁止せんとしていることは私法規定の解釈にあたつて個人の尊厳と両性の本質的平等を旨とすべきことを命ずる民法第一条の二の規定に徴しても明らかである。そして、労働基準法も又その第四条において「使用者は、労働者が女子であることを理由として賃金について男子と差別的取扱いをしてはならない。」と規定し、性別を理由とする賃金の差別を禁止すると共に、同法第三条は「使用者は労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱をしてはならない。」と規定し、国籍、信条又は社会的身分を理由とする差別を禁止するが、一方労働基準法は性別を理由として賃金以外の労働条件の差別的取扱を禁止する規定をもうけず、却つて、同法自体第一九条、第六一ないし第六八条は労働者が女子であることを理由として、男子より有利な待遇をして女子を保護する取り扱いを規定している。これらの労働基準法の各規定を併せ考えると、労働基準法は両性の本質的差異に基づいてする労働条件についての合理的差別的取扱は許容するが、何ら合理的理由のない差別待遇を禁止するものと解せられる。そして、性別による差別待遇が本件の如く退職を招来するものであつてみれば、労働によつてしか生活の資を得ることのできない労働者にとつて、生存権、労働権をも奪う結果となり、憲法第二五条、第二七条の精神にも反することとなる。以上の憲法第一四、第二五、第二七条、民法第一条の二、労働基準法の性別に関する各規定の趣旨を総合考覆し、かつこれと男女の性別は人間としての必然的区分として生来的に決定されるものであり、人間の尊厳は各々の性の尊重なくしてはあり得ない事実とを併せ考えると著しく不合理な性別による差別待遇をすることは人間の尊厳を否定することに帰着するものといわざるを得ず、社会生活における健全な常識も又著しく不合理な性別による労働条件についての差別待遇の禁止を公の秩序として、これに反する私法上の制約の効力を否定することを要求しているものと解するのを相当とすべべく、社会生活における単なる理想ないし方向付けにとどまるものではないといわねばならない。
(二)(1)、(本件結婚退職制と結婚の自由の制約)次に、結婚退職制を定めた本件協約が結婚の自由を制約するものであるか否かについて検討する。結婚退職制の適用を受ける女子労働者が結婚せんとするに至つた際、それが経済的理由によるものであれ、労働に対する世界観ないしは人生観によるものであれ、なお労働の継続を必要とする女子労働者は、従前の職場にとどまつて結婚をあきらめるか、或いは従前の職場を去り他に労働の場を求めて結婚に踏み切るかの選択を余儀なくされる。かかる選択を迫られること自体非常な精神的苦痛であるのみならず、結婚退職制は雇用関係継続中結婚しない義務を負担せしめる結果となるから、結婚の自由と相入れない制約である。そして、かかる義務の履行を余儀なくして前者を選択した場合は、結婚退職制の存在の故に結婚の自由が制約されたことに帰着する。そして後者を選択した場合においては退職を強制され、賃金収入の道が途絶され、なお他に再雇用の道を求めざるを得ないが、再雇用が可能であるとの何らの保障がないばかりか、再雇用をなし得たとしても、生涯雇用を前提とし、年功序列型賃金体系を採る企業の多い我国においては賃金その他の労働条件の低下する可能性の強いことは顕著な事実といい得るにとどまらず、従前の職場で身についた経験と技能を生かし得ない等有形、無形の損失の多大なものであることは推認するに難くない。これは結婚退職制の存在に重大な不利益を蒙むることとなるのであつて、本件結婚退職制は結婚の自由に対しても亦これを制約するものといわざるをえない。
(2)、(結婚の自由保障の規範)憲法第二四条は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する。」旨規定し、国家が国民の結婚の自由を制限する立法を禁じられ、これを制約する要素を排除することが国家的責務であることを宣言する。
しかし、このことによつて右条項が私人間に直律的効力を持つとする申請人の主張の採用し難いことは前示のとおりであるが、私法秩序において結婚の自由ないし権利が充分尊重されるべきことを要求しているものであり、結婚は男女の永続的結合として人間の一生を左右するに足りる重要事であり、いついかなる時期に、いかなる配遇者を選択するかは人間の尊厳に由来する崇高な選択であることに鑑みれば、著しく不合理であるのに結婚の自由を制約するのは人間の尊厳を否定するものに他ならず、結婚の自由の保障は公の秩序として、これに反する私法上の制約の効力を否定することを要求しているものと解すべきである。
三、以上のとおり、本件結婚退職制は男女の性別による差別待遇であり、且つ結婚の自由を制約するものであるから、何らかの合理的な理由が発見し得ない限り、結婚退職制を定める本件協約並びに申請人と会社との間の雇用契約は民法第九〇条の公の秩序に違反するものとして無効であるというべきである。よつて、以下本件結婚退職制の合理的理由の存否について検討する。<証拠>によれば以下の事実が一応認められ、<証拠判断略>。
(一)、会社は大正六年一一月三井物産株式会社造船部として創立され、昭和一二年七月分離独立し、株式会社玉野造船所と称していたが、昭和一七年一月商号を変更して現在に至つているもので、創立当初から各種船舶、船舶用機関の製造修理を主たる事業としていたが、その後、各種化学工業用機械装置の製作、各種産業機械、橋梁鉄構、建設機械等の陸用機械部門、ホーバークラフトや海洋開発機器部門にも進出し、現在我国における総合重工業の一つに数えられている。創立当初玉野造船所一ケ所であつた事業所は戦時中には上海造船所、香港造船所、岡山機械製作所、安芸津造船所、曾根造船所と数えたが、終戦と共に玉野造船所以外閉鎖の止むなきに至り、やがて我国の経済の復興発展、船舶輸出の増大、製品多角化により逐年経営規模も拡大し、昭和三七年五月、千葉造船所の開設、同年十月日本開発機製造および昭和四二年十月株式会社藤永田造船所との合併により企業規模も拡大した。
その間の従業員数は企業規模の推移に応じて増減し、創立当初約二一〇〇名、戦時体制に入つた昭和一〇年頃から急増し、終戦直後には約二万二〇〇〇名に達したが、終戦後は約六〇〇〇名に減少し、昭和二五年頃から再増加し、昭和四四年には約一万二五〇〇人を数えるに至つたが、その内女子従業員の比率は約六%であつた。申請人の勤務する大阪事務所は社長直属の事業所として総務課、資材課、船舶営業部、化工機営業部、陸用機械営業課によつて構成せられ、約五〇名の従業員が勤務している。
(二)、被申請人会社は会社における職務体系を事務職、技術職、現業職の三系統に分ち、それぞれを更に基幹業務とこれに付随して補助する関係に立つ補助業務に分れており、このうち事務職と技術職の補助業務を事務補助業務と称し、その具体的職務内容として、リコピー取り、清書、読み合せ(タイプチェック)、文書発受、ファイリング、図書管理、簡単な伝票および書類作成(各種報告書、届出書等)、帳簿管理、単純計算、勤怠管理、用度品(事務用品)の受け出し、および管理、旅費計算、受付、出納窓口業務、乗車券および定期券購入、タイプ、トレース、清掃、整頓、お茶くみ、使い走りを挙げている。そして、これを実際の部署にあてはめての例示として、本社人事部における基幹業務として、人員計画の企画立案、学卒者の選考採用、人事移動の折衝調整、労働組合との交渉、新入従業員の教育訓練であり、事務補助業務として、人員計画や賃金増額に関する各種データーの集計および計算業務、採用内定通知書の宛名書、辞令原稿の清書、新入従業員の訓練用テキストの校正、リコピー取り、ファイリング等があり、営業関係部署では、引き合いの取りつけ、見積り、受注接衝が基幹業務であり、台帳の記帳、各種伝票整理、リコピー取りが事務補助業務であり、設計関係部署では船舶および各種機械の設計が基幹業務であり、単純技術計算補助、図面管理が事務補助業務であるとする。そして、会社は後示の傭員制度を発足せしめた昭和三一年三月頃から、現業職、事務職および技術職の基幹業務は男子従業員に、事務補助業務は女子従業員に分担して担当せしめている。例外的に男子従業員にも入社当初事務補助業務に従業せしめることもあるが、これは全業務体系を把握させるという教育訓練的観点からのものであつて、やがては基幹業務に従事させるものであり、又女子従業員に事務補助業務以外にも看護婦および電話交換手の専門的技術職に従事せしめている。
(三)、会社が結婚退職制を採用する契機となつたのは、戦時中男子従業員の不足を補うため大量に女子従業員を雇用し、女子従業員に男子従業員の代替として事務補助業務のみならず現業職、および基幹業務にも従事せしめていたところ、終戦後も引き続いて労働を継続する女子従業員が多かつたため、女子従業員の高令化現象が生じ、昭和三十年頃における会社の女子従業員総数三九三名の内、三五%が既婚者で占められ、平均年令33.7年、平均勤続年数9.2年となり、当時の全国平均の女子労働者の平均年令23.8年、勤続年数3.3年に比し大幅に上廻る状態であつた。会社はかかる女子従業員の高令化現象の解消を企図し、昭和三十年九月当時会社において雇用期間の定めのない常用従業員と、雇用期間の定めのある臨時従業員がいたが、この内まず女子常用従業員のうち既婚者を対象として希望退職者の募集をしたところ、約一四〇名の対象者のうち、二〇名足らずの応募しかなく、所期の効果が上らなかつた。そのため、会社は昭和三一年三月以後採用する女子従業員については常用従業員とすることなく、一年間契約の傭員として採用し、以降一年毎に雇用契約の更新をしていくが、結婚するか或いは二五才に達した後には雇用契約の更新を行なわないとの取り扱いを制度化し、この制度を傭員制度と称して実施すると共に、従前から勤務していた雇用期間の定めある臨時従業員(本社関係では嘱託、玉野造船所関係では日雇)も選考の上傭員に切り換えた。会社の一方的制度として採用された傭員制度について女子従業員の不満は極めて強く、高等学校卒業の女子従業員についてのみ常用従業員にしない不合理性を理由に組合から強固に廃止の申し入れがあつたため、会社と組合との間に種々交渉を重ねた結果、昭和三五年四月二一日に至り会社と組合との間に「傭員問題の解決に関する覚書」を締結し、「会社は傭員制度を廃止する。組合は会社が女子従業員を結婚時において退職させることを条件として雇用することを認める。現在の傭員は傭員として在籍一年以上の者について銓衡の上常用に切り換える。」こととなつた。この覚書に基づいて、在籍一年以上の傭員および嘱託として入社後一年以上勤務した者は選考の上常用従業員に切り換えられ、昭和三五年四月二一日以後常用従業員になつた者については結婚の際退職することとなり、これが女子の常用従業員について結婚退職制が実施された最初となつた。その後の労使間の交渉において、結婚退職制を労働協約書上も明確にすることとし、昭和三六年二月一五日付改訂の労働協約書中に「昭和三五年四月二一日以後組合員となつた女子従業員について必要な事項は別に定める。」旨規定し、右規定を受けて労働協約の付属協定として昭和三六年二月一五日「女子組合員に関する覚書」を締結し会社は女子組合員(常用従業員)が結婚時において退職することを条件として雇用する。」旨規定した。そして昭和三八年六月一五日付で前項の覚書が変更緩和され、同名の覚書において「結婚した場合には退職するものとする。ただし、必要な場合は選考の上再雇用する。看護婦については結婚時に選考の上雇用を延長することができる。」旨規定された。そして前示の昭和四一年一二月一五日付の同名の覚書(本件協約)に至つたものである。
本件協約により女子従業員が結婚後勤務延長を希望した者七名、雇用延長を希望した者一〇名を数えたが、そのいずれもが勤務或いは雇用延長されたが、未だ雇用延長者に適用される第一子出産後の再雇用を適用された者は一人も存しない。
(四)、申請人の会社における状況をみるに、申請人は昭和三八年二月一八日会社の女子従業員採用試験を受験し、同月二五日採用を内定されたが、その後雇用条件についての話し合いが行なわれ、会社から大阪営業所総務課に配属し、簡単な記帳、計算、お茶くみ、掃除等の庶務に従事すること、一年間嘱託として勤務するが、その後は選考の上、常用従業員とすること、結婚した場合には退職することを申し出られたが、申請人はこれらの条件を了承し、学業終了の都合により、同年三月一日から二一日までアルバイトとして稼働し、翌二二日から、右各条件を確認の上嘱託として雇用契約を締結し、嘱託期間満了の翌日の昭和三九年三月二二日から同月末日まで会社の事務手続上同一身分を継続し、再度右各条件を確認の上同年四月一日から常用従業員となつた。申請人は当初総務係に配属されたが、同係は大阪営業所の庶務、出納および人事関係業務を担当し、男子従業員は係長の他二名、女子従業員は経理担当一名、庶務担当二名、和文タイピスト一名から構成せられ、申請人は庶務担当として簡単な記帳、計算、清書、コピー、受付、郵便の発受、切符の手配、定期券の購入、お茶くみ、使い走り、掃除等の業務に従事した。
同年一二月初旬営業係の化工機営業(その後会社の組織変更により、独立した課となり、やがて部となつた。)に配置換となつたが、同部は部長以下男子従業員一〇余名、女子従業員二名によつて構成せられ、申請人は同部において、関係書類のファイリング、書類等の送付状の作成、見積台帳および契約台帳および請求台帳の記入、入金伝票および請求書の作成、各種報告書作成補助、業界新聞の整理、部門勤怠調査記入、清書、電話の応待、使い走り等の業務に従事していた。申請人は会社に稼働して以降、良好な勤務成績を挙げていたもので、結婚後において特段に労働能率の低下をきたしたことはない。
四、以上の認定事実に基づいて、会社において結婚退職制を定める合理的理由があるとする会社の主張について順次検討する。
(一)、会社は女子従業員の担当する事務補助業務は、単純定型的であり、短期間のうちに習熟し、それ以上経験を積んだところで能率において特に向上するところがないばかりか、結婚すると作業能率が低下すると主張する。会社が事務補助業務として一括して把握するところの職務を個別的に整理すると、タイプ、トレースの如き技術職と分類されるもの、コピー取り、清書、読み合せ(タイプチェック)、文書発受、ファイリング、図書管理、伝票および書類作成、帳簿管理、計算、勤怠管理、用度品の受け出しおよび管理、出納窓口業務の一般事務職として分類されるもの、電話の応対、受付、定期券および乗車券の購入、清掃、整頓、お茶くみ等の軽雑作業に分類されるものがある。この内軽雑作業については、会社主張の如く、単純定型的で短期間のうちに習熟し、作業能率の向上の幅が比較的小さいことは顕著な事実といいうるが、技術職および事務職が軽雑作業と同列において単純定型的であるとは到底いい得ない。タイプ、トレースの技術職は通常経営を積むに従い作業技術並びに能率は向上するものであり、会社において特殊専門職として位置付ける電話交換手との間に特段の差異を認め難い。
また一般事務職においても具体的職務の難易の別はあつても知的能力と創意を発揮する余地の大なることは明らかであるが、会社が基幹業務として分類するところの比較的枢要な各職務が事務補助業務より高度の経験を必要とし、向上の幅も大であり、困難性も高く、責任も重いことも亦明らかである。しかしこれとても前示の如く、女子従業員採用に際して男子従業員の担当する職務とは異なる事務補助業務に就ける旨の合意も存しないにも拘らず、女子従業員は基幹業務に不適格であり、事務補助業務こそ最適であるとの、何ら合理的理由のない予断と偏見をもつて確固として女子従業員を事務補助業務にのみ配置し、基幹業務への道を閉ざしている会社の態度こそ責められるべきであり、事務補助業務に就く女子従業員の作業に対する熱意の低下することがあるとしたら、基幹業務への道を閉ざし、後示の如く昇進の余地を無からしめていることにも原因を求めるべきである。
本件において最も重要なことは、作業能率が向上するか否かというよりも、結婚という事実によつて、事務補助業務への不適格性が増大し、会社が期待する労務の提供がなくなると一般的に言い得るか否かである。もとより一男一女が結婚生活に入つた場合、原則として妻が家事を担当するということは万国に共通の現象というべきであるが、近時家庭電化の進展等によつて、主婦の家事労働が著しく軽減され、労働市場への進出を可能にしているのであり、前出乙第九号証、証人河面良治の証言によつても未だ右主張を疎明するに足りず、他に右主張を疎明するに足る資料は存しない。かえつて、成立に争いのない甲第一三号証の二(労働省婦人少年局発行「既婚婦人労働者に関する調査」一〇八頁付表六)により、企業者が既婚女子労働者を採用し、雇用する理由を検討すると、新規学卒の女子が不足のためが14.5%、未婚の女子不足のためが14.1%、男子不足のためが10.2%、技師や資格のある人が不足のためが4.7%と、既婚女子労働者を採用するに際し、消極的理由を挙げているのが以上合計43.5%であるのに比し、未婚でも既婚でも差異がないからが18.8%、責任感があり熱心だからが9.5%、定着してくれるからが15.7%と、既婚女子労働者を他の労働者と同等或いは積極的理由として挙げているのが以上合計43.9%と僅かながら上廻つている。
これを既婚女子労働者と未婚女子労働者との比較においてみるならば、更に同等或いは積極的評価の率が上廻ることが右甲第一三号証の二から推認できる。右の事実に徴すれば、女子労働者が結婚し、家庭を持つことにより、家事に煩わされた作業能率が低下するとの予断ないし偏見は企業者自身において排除されつつあるといいえよう。そして、本件の会社における事務補加業務の内容に照してみても、会社が船舶建造を中心とする総合重工業を営むという特殊性の故に事務補助業務の作業内容が他にみられない特殊性を帯びるとの疎明もなく、結婚により作業能率が低下する等会社の期待する労務の提供が困難になるという特殊な事情も認められない。仮に、女子従業員の内、結婚により作業能率の低下する者があれば労働協約、就業規則により個別的に処分し、会社の経営効果を保持すれば足りるものであり、何ら結婚退職制を合理付けるものではない。
(二)、造船業界においては時間外労働が多いという特殊事情があるところ、既婚女子従業員は時間外労働に従事せしめることが困難であることから、業務に支障をきたす旨主張する。しかし、本件全疎明資料をもつてしても、造船業界においては他の業界に比べて時間外労働が多いことを首肯するに足りる資料はない。仮に会社主張の如く真に時間外業務が必要であり、労働基準法に合致し、労働契約によつて時間外労働を為すべき義務を負担する既婚女子従業員に時間外労働を命令したにも拘らず、正当な理由なくしてそれに応じないものがあれば、個別的に処置すれば足りることは前項判示と同様であり、結婚退職制を合理付けするに足りるものではない。
(三)、次に女子従業員が結婚し出産という事態を迎えるに至つた時は労働基準法第六五条、第六八条により産前および産後の休業並びに育児時間の請求権を有し、この請求権の行使により使用者にとつて一定の不効率の結果を招来するが、これは女子労働者が一定の労務の不提供を許容される反面、使用者にそれを受忍すべき義務を科しているものであり、右限度での労務の不提供、すなわち、労働者側の非能率が許されていることは充分尊重されねばならないのであつて、使用者において同法第六五条、第六八条による労働者の労務不提供を受忍する義務を予め退職せしめる等の手段により回避することは、同法第六五条、第六八条を脱法するものとして許されない。従つて会社が本件結婚退職制の合理的理由として同法第六五条、第六八条の母性の保護規定の存在を挙げることは不当なものと断ぜざるを得ない。
(四)、被申請人会社は事務補助業務は高等学校卒業後数年間の清新溌刺とした時期にこそ最適でそれ以降は高令化するとともに、事務補助業務に対する熱意を失い不適格性が増大するという。しかしながら、本件結婚退職制は女子従業員の高令化の故をもつて退職させる制度ではなく、中高等学校卒業後数年間に満たない時期に結婚しても、なお退職理由となるものであるのに反し、高令化しても結婚さえしなければ退職理由とならないものであるから、結婚退職制の合理的理由となるものではない。それのみならず、<証拠>によつても会社主張事実を疎明するに足りず、却つて証人柴田悦子の証言によると、中高等学校卒業後数年間の若い女性は一般に、精神的動揺期であり、社会への第一歩として意欲的、前進的エネルギーに溢れているから、事務補助業務の内容が単純定型的であればある程適性とはいい得ず、むしろ、結婚して精神的に安定し、意欲的前進的エネルギーが消滅し、忍耐力が強くなる高年令の方にむしろ適性があることが疎明され、被申請人の高令化すると共に不適格性が増大する旨の主張も採用し難く、また事務補助業務への熱意についても、仮にそういう事実があつたとしてもそれが女子従業員の責に帰すべき事由のみによるものであることを肯認するに足る疎明はなく、むしろ前示の如く会社において女子従業員について基幹業務への道を閉ざし、昇進の余地を無からしめることにもその原因を求めるべきである。
(五)、最後に、会社は女子従業員についても男子従業員と同様年功序列型賃金体系を採用しているから、以上主張の如く結婚或いは高令化と共に業務不適格性が増大するにも拘らず、賃金のみ高額になつていくと主張するが、この前提事実についての疎明のないことは前示のとおりであるところ、<証拠>によると、会社における賃金は、昭和四四年九月までは年令、性別、勤務年数、学歴および職務能力等のあらゆる要素を総合して決定される本給と勤務手当又は奨励金の加給金でもつて基本給を構成されていたものであるところ、同年一〇月から年令および性別要素によつて決定される年令給、勤続年数によつて決定される勤続給、職務遂行能力によつて決定される職能給とによつて基本給が構成されている。この内勤続給については給与体系が単一で男女間に均等に給付されるものであるが、年令給および職務給は男女それぞれ異なつた体系を有する。まず年令給は二系統があり、内男子従業員に適用されるⅠ欄は年令一五才において金一万五五五〇円、五七才において金四万〇八五〇円、女子従業員に適用されるⅡ欄は一五才において金一万二六五〇円、五四才において金二万六四〇〇円の幅がそれぞれあり、年令が高くなるに従つて金二〇〇円ないし金六五〇円宛段階的に昇給していく体系が採られており、男女間に一五才で金二九〇〇円、五四才で金一万三八五〇円の格差がある。職能給においては執務と総務の二系統に大別され、それぞれが一級ないし四級までに格付けされ、各級に一号俸から八五号俸までがあるが、女子従業員は最下級の執務一級および二級に格付けされ、同三および四級並らびに総務への昇進の余地はなく、女子従業員は執務二級八五号俸金一万八〇〇〇円が最高額となり、男子従業員の最高格の総務四級八五号俸金七万一一六〇円と相当の格差が生ずることが疎明せられ、その賃金体系は職能給の如く、従業員の職務、能力等労働価値に応じて賃金を決定る能力給と、年令給、勤続給の如く、年令、性別、勤続年数等の労働価値以外の生活的および年功的要素で決定される年功給の混合したものであることが明らかである。従つて女子従業員について労働価値自体の上昇がないにも拘らず、年令、勤続年数の経過により賃金のみが上昇するという事態が生ずることは会社主張のとおりである。しかし前記認定の如く男子従業員が生活給的、年功給的要素によつて生ずる昇給の幅が大であるから、その不合理性は女子従業員より大となることに思いを至すべきであり、これは年功序列型賃金体系を採用する必然の結果である。元来年功序列型賃金体系を採用することの当否は別論として、賃金を労働価値の対価という観点からすれば合理的なものではなく、かかる賃金体系の採用を余儀なくされた会社が結婚退職制の採用により、その不合理性を女子従業員にのみ、しわよせするのは不当であると共に、年功型賃金体系の不合理の故をもつて短絡的に女子従業員の退職制度と結びつけるのはあまりに安易に過ぎるもので、女子従業員の結婚退職制を合理付けうるものではない。
以上説示のとおり本件結婚退職制に関する会社の主張はいずれも合理的理由がないものといわざるを得ず、他に被申請人主張の事務補助業務の内容に徴しても、結婚退職制を合理付けするに足りる資料はない。
五、次に、本件結婚退職制が勤務および雇用延長制を採用することにより、その不合理性が是正されるかどうかについて検討する。
なるほど、被申請人会社においては前記認定の如くかつて一〇名の雇用延長希望者全員について雇用延長の適用を受け引き続いて稼働しており、会社における結婚退職制は実質上緩和され、現実に退職を余儀なくされるのは出産退職制の適用によるものであるといい得る。しかしながら、その地位は全く会社の自由裁量に委ねられたものであつて、その不安定さを除去するものでないのみならず、雇用延長制の適用を受け再雇用されたとしても、従前の期間の定めのない常用従業員たる地位を喪失し、一年間の期間の定めある臨時従業員たる不安定な地位に変更せしめられることとなるのであつて、既婚者となつたことによりかかる従業員たる地位を変更すること自体何らの合理性の認められないことは結婚退職制と同様である。そうであるから、本件結婚退職制に雇用延長制度が採用されていることにより、その不合理性は未だ是正するに足りるものではない。
そうすると、本件結婚退職制は何ら合理的理由なくして女子従業員を性別を理由として差別待遇をなし、結婚の自由を制約するものであり、雇用延長制の存在によつて右不合理性を是正するに足りるものではないから、本件協約並びに申請人と会社との間の雇用契約中、結婚を退職事由とする部分は性別による差別待遇の禁止並びに結婚の自由の保障という公の秩序に反し無効であるといわなければならない。したがつて、会社が申請人の結婚した昭和四三年二月五日、申請人を一旦退職せしめた後雇用延長制を適用して一年間の期間の定めある従業員として取り扱つたことおよび昭和四四年二月四日雇用延長期間満了につき雇用契約を更新しなかつたことは、いずれも結婚退職制が有効であることを前提とした不当なものであり、申請人は依然として会社の雇用期間の定めのない常用従業員たる地位を有するものである。
六、ところで、申請人と同時に入社し、タイピストとして会社主張の事務補助業務に就いていた申請外三木義子が昭和四四年二月以降一ケ月につき二日間欠勤し、時間外労働を二時間行つた場合における賃金額が別紙賃金表賃金額欄記載のとおりであることおよび会社の賃金支払日が毎月二五日であることは当事者間に争いがなく、<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば、申請人は退職を余儀なくされるまで右三木と同程度の賃金を得ており、申請人の昭和四一年以降の欠勤日数は昭和四三年に二日間あるのみであり、時間外労働時数は一ケ月平均して昭和四一年が15.7時間、昭和四二年が22.6時間、昭和四三年が4.8時間であることが一応認められるから、申請人が昭和四四年二月以降も引き続いて稼働していたとするならば、右三木と同程度の勤務成績を挙げ得一ケ月平均二日間以上欠勤することなく二時間以上時間外労働をしたであろうことが一応推認せられる。
したがつて、申請人は特段の事情がない限り会社の雇用期間の定めのない常用従業員として、昭和四四年二月五日以降毎月二五日限り会社から別紙賃金表賃金合計額欄記載の賃金の支払いを受ける権利があるというべきところ、同年二月分の賃金の内金一万一一四九円を、同年三月分の賃金の内金六三四円を既に受領済みであり、会社より交付を受けた退職金名下の金七万二一二〇円は未払賃金に順次充当したので同年二ないし四月分の賃金は〇となり、五月分の残存賃金は金二万九二二一円となることは申請人の自認するところであるから、結局同月分以後の賃金について別紙賃金表賃金認容額欄記載の賃金の支払いを受ける権利がある。
七、(保全の必要性)申請人本人尋問の結果によると、申請人は退職後収入の道を絶たれ、夫靖司が申請外日中友好親善協会に勤務して月額金三万円の収入を得ているほか他に資産収入を有せず、夫の収入のみでは二人の幼児を抱えて、生計を維持して行くことは困難で、生活に困窮していることが一応認められるから、現状のままで本案判決を待つていては申請人において回復し得ない損害を蒙むることは明らかであり、申請人のために会社の前記従業員たる地位保全と賃金の仮払いの必要性があるというべきである。
八、よつて申請人の本件仮処分申請の第一次的請求は全てその理由があるので、保証を立てさせないで認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(大野千里 平井重信 渡部雄策)
別紙<略>